情報メディア創成学類 2025年度卒業研究論文。
概要
本研究は、生成AIを活用した絵コンテ制作支援ツールの開発と、その表現の抽象度が創造性に与える影響の検証を目的としています。映像制作において重要な役割を果たす絵コンテは、構図や演出意図を整理する中間的表現ですが、個人制作においては制作負担が大きいという課題があります。本研究では、あえて写実的なイラストではなく「線画」に限定した生成方式を採用することで、利用者の解釈や介入の余地を確保する設計を行いました。評価実験の結果、線画スタイルは発想の自由度を高め、固定化を抑制する可能性が示唆されました。

研究のきっかけ(動機)
映像制作において絵コンテは、完成イメージを共有するための設計図としてだけでなく、アイデアを整理する思考補助ツールとしても用いられます。しかし、絵コンテ制作には、構図や場面設定、背景、登場人物の動きなどを言語化する力と、それを簡潔なスケッチとして描き起こす技術の両方が求められます。
個人制作の現場では、これらの作業を一人で担う必要があります。
著者の制作経験においても、盛り込む情報量の多さゆえに「どこから描き始めればよいのか分からない」という状態が生じ、その後の制作全体の進行を停滞させる要因となる場面がありました。一方、大規模な制作現場では絵コンテ専門のスタッフが存在することも多く、制作工程が分業化されています。この違いは、個人制作における制作コストや心理的負担を増大させる要因の一つであると考えられます。
また、先行研究では、完成度の高い具体的なイラストを提示することが、利用者の発想を固定化させる可能性があることが報告されています。
これらの背景を踏まえ、本研究では「生成物の完成度をあえて抑える」ことが創造性支援につながるのではないかという仮説を立てました。
解決・制作のアプローチ(プロセス)
本研究の中心的なアプローチは、生成AIによる絵コンテ出力を「線画」に限定することにあります。従来の画像生成AIは、質感や陰影、色彩まで含めた完成度の高い写実的イラストを生成することが可能です。しかし、その完成度の高さが利用者の解釈余地を縮減し、発想の固定化を招く可能性が指摘されています。
そこで本研究では、あえて視覚情報を削減し、構図や人物配置といった構造的要素のみを提示する線画スタイルを採用しました。線画は、情報量を抑制することで「未完成性」を保ち、利用者が自ら意味や演出意図を補完できる余白を残す表現形式です。本システムは、この余白を創造性支援の設計要素として位置づけています。

本ツールではOpenAIのAPIを用いて脚本を分析し、事前に設計した線画スタイルのプロンプトと合わせて画像を生成することで絵コンテを出力しています。なお、線画スタイルの効果を検証するために、比較対象として写実的画像を生成する条件も設定しました。写実的条件は、従来型の高精細なイラスト出力を想定した対照条件として用いられ、本研究の主眼はあくまで線画スタイルの創造性支援効果の検証にあります。
また、各カットの再生成機能を実装し、ユーザーの試行錯誤行動をログとして記録することで、生成物に対する介入度合いを定量的に分析できるよう設計しました。

検証実験と得られた知見
評価実験では、参加者が写実的スタイル(条件A)と線画スタイル(条件B)の両条件を用いて絵コンテを制作し、アンケートおよび操作ログにより比較評価を行いました。
アンケートでは以下の4項目を5段階尺度で評価しました。
- アイデアの出しやすさ
- カット間の一貫性・連続性の理解
- 固定化のしにくさ・解釈の自由度
- 新規性・オリジナリティ
量的分析の結果、線画スタイルは「固定化のしにくさ」および「解釈の自由度」において相対的に高い評価を示しました。
さらに、自由記述による質的分析からも、両条件の違いが明確に表れました。
条件A(写実的画像)では、
- 「小物が前後で変わってしまい、修正が増えた」
- 「細かいところまで決まっているため大きく変えることが困難だった」
- 「ここはもっとこうしたいと考える部分の修正が難しかった」
といった意見が見られました。
これらの記述から、生成されたイラストに含まれる意図しない細部情報が、利用者の発想や修正行為に影響を与えている可能性が示唆されます。
特に、視覚的完成度の高さが「完成形」として受け取られやすく、構想段階での大胆な変更を抑制する傾向があると考えられます。
一方、条件B(線画スタイル)では、
- 「絵コンテを書く土台としては使い勝手がいい」
- 「服装や髪型の抽象度が上がり、シーンが伝わるかを考えられた」
- 「情報量が制限されて、登場人物のポーズや立ち位置を考えられた」
といった意見が見られました。
これらの記述は、視覚情報が制限されることで、利用者が細部よりも構図や場面の意味といった上位概念に意識を向けている可能性を示しています。
以上の量的・質的結果を総合すると、視覚表現の抽象度を制御することが、創造的思考の方向性に影響を与える設計要素となり得ることが示唆されました。
今後の展望と成果
本研究は、生成AIを単なる自動化ツールとしてではなく、創作の思考補助装置として再設計する試みと位置づけられます。抽象度を制御可能な絵コンテ生成システムは、映像制作に限らず、漫画制作や小説構想支援など他分野への応用も期待されます。
今後は、専門家と非専門家の違いに着目した分析や、抽象度を段階的に切り替えるインターフェース設計の検討を進める予定です。また、ユーザー特性に応じた最適な抽象度提示のガイドライン策定も課題として挙げられます。
本研究の成果は、個人制作における制作負担の軽減と、創造性を損なわないAI活用の設計指針の提示に貢献するものと考えられます。