概要
近年、インターネットの高速通信網の普及やコンピュータのグラフィック機能の高性能化により、遠隔地からリアルタイムでのコミュニケーションが可能という特徴を持ったネットワーク上の三次元仮想空間が増加してきている。
そこで、本研究ではネットワーク上の三次元仮想空間が利用者行動の分析に有効であるという提案の検証を目的とした。その中でも、ネットワーク上の三次元仮想空間の特徴である、複数のユーザがネットワークを介し、一つの空間にアクセスする事で、ユーザ同士が同じ空間での体験を同時に共有出来るという点に着目した。なお、従来の建築シミュレーションモデルであるホワイトモデルやCG建築ソフトには、複数のユーザの同時シミュレーションや、ユーザ同士の距離を超えたシミュレーションを行うことが出来ないという欠点があった。そこで、この特徴を活用しネットワーク上の三次元仮想空間内で、利用者の行動を可視化・累積することの出来る動線表示手法を開発し、それを用いた建築シミュレーションを行なった。なお、本研究は「筑波大学・アート・デザイン・プロデュース」(芸術専門学群)の一環として行われている「クリエイティブ・メディア・ラボラトリー・プロジェクト」というプロジェクトの協力を得て行った。このプロジェクトの目的は筑波大学の春日キャンパスに建設予定の「クリエイティブ・メディア・ラボラトリー」という新しい教室の、より良いデザインを作る事である。
本研究では有効性を検証する為に、従来の建築シミュレーション手法と、新たな手法の比較を行った。従来の手法として、設計図面をより直感的に把握するツールとして用いられているホワイトモデルを選択・制作した。一方、新たな手法として、ネットワーク上の三次元仮想空間の一つであるリンデン・ラボ社の「Second Life」内にCGで建築物を制作した。次に分析過程として、ホワイトモデルにおいてはプロジェクトでホワイトモデルを制作したメンバーに、模型を俯瞰して得られた情報はどのようなものかというヒアリングを行った。ネットワーク上の三次元仮想空間内の建築物においては被験者実験を行った。この被験者実験では、「Second Life」内の建築物を9人の被験者に講義が終了したという仮定の下、各生徒がテーブルから教室を出るまでの行動をとってもらった。その後、実験で得られたデータを基に動線の可視化と累積表示を行った。最後に、分析過程で得られた結果を元に両者の特徴の比較を行い、その結果について建築の専門家による評価を受けた。
被験者実験を通して得られた情報の分析結果について本学芸術専門学群の建築デザインを専攻している学生の評価によれば、ネットワーク上の三次元仮想空間内の複数のユーザによるリアルタイムでの空間の共有と、そこでの動線を表示させる手法は、同時に多数のひいとが訪れることの多いという特徴を持ち、設計する際に多くの被験者のデータを必要とする公共施設などの建築シミュレーションを行う際に特に有用であるとの回答を得た。
今後は、ネットワーク上の三次元仮想空間が、表現技術の更なる発達により建築シミュレーションの一つのモデルとして一般的に認知される事や、本研究で提案した実験をより大きな規模で行う為に必要な利用者数が増加する事が期待される。